アイドルDDピストルのアイドル情報サイト AKB48/ももクロ/ハロプロetc

なれのはて

なれのはて記事

忌野清志郎 青山ロックン・ロール・ショー@青山葬儀所

更新日:

 忌野清志郎 青山ロックン・ロール・ショー@青山葬儀所

熱いぜベイベー!
昨日まであれだけ大雨だったのに今日は快晴。まさに雨上がりの夜空に。
炎天下の中、何時間も並んだので早くも日焼けしちゃいました。熱いぜベイベー!

告別式は12時からで、一般人の献花は13時からの予定だったので、
告別式の始まる1時間半前に会場到着。この時点で1000人くらいの人が来てた模様。
1500人くらいは葬儀所の敷地内に入れて、残りは外に並んで待つ。俺はギリギリ中へ。
待ってる間は清志郎の代表曲が敷地内に大音量で流されてた。

 

12時から告別式がスタート。
告別式とは呼ばず「忌野清志郎青山ロックンロールショー」と名づけられてた。
ライブ音源を使ってあたかも清志郎がその場で歌ってるような演出。
ショーは奥の葬儀所の中で行われてるので外に並んでるファンにはその様子は見えない。
その代わり中の様子が大音量でスピーカーから流されてる。
全員による黙祷が終わると、ヒット曲に乗せて司会者による清志郎ヒストリーが紹介された。
その後、竹中直人大竹しのぶ甲本ヒロトの3名が弔辞を読み上げた。
ヒロトの弔辞は前の2人とは違って涙は見せなかったけど、ひょうひょうと話してる中に
時たま見せる寂しさが感じられて、聞いててグッと来た。

レコード会社社長からの挨拶があって、その後は近親者から順に献花。
近親者の献花が終わったあと、NICE MIDDLE with NEW BLUE DAY HORNS plus 武田真治
による「献花」ということで「雨上がりの夜空に」を清志郎の歌声に合わせて生演奏。

 

この時は外もめっちゃ盛り上がった!本当にそこで清志郎が歌ってるんじゃないかって
思えてくるんだけど、同時にもうコレを生で聞くことができないんだって感情も沸いてきて、
この時に初めて涙が出たよ。ずっと大丈夫だったのに「楽しい!」って気持ちが沸いた瞬間に
逆に悲しくなった。こんなケースもあるんだね。

告別式自体はこれで一旦終了。この後、残りの関係者の献花が延々続いて、
一般客の番が廻って来たのは14時過ぎだった。
俺が葬儀所の中に入れたのが14時30分くらいだったかな。並び始めて4時間くらい。
昼過ぎに並んだ人はロックショーの模様も聞けずに外で5時間以上待たされたらしい。

葬儀所に入る前の通路には花を送った人達の名前が五十音順に物凄い数並んでた。
日本の有名アーティストの名前はすべてあったんじゃない?ってレベル。
この画像のヨーコ・オノ・レノン、ユニコーン、吉田拓郎って並びとかすげぇーって思ったし、
「ホ」の所に布袋寅泰の名前があってその横の「ヒ」にはちゃんと氷室京介があったりとか、
日本のロック名鑑を見てる気分だったw

葬儀所に入って、4時間経ってやっとボスと対面できた。
花がたくさん飾られてて、楽器もいっぱい並んでた、愛用の自転車もあった。
ど真ん中にはマイクスタンドが立ってて、そこにマントがかけられてた。
献花用の花を1本貰って、献花台の前に立ち、最後の挨拶。
今までの感謝の気持ちを伝えました。ありがとう!ボス!

夜まで何万人もの人が訪れたらしいけど、ボスらしい最高なロックンロールショーでした。


この産経ニュースの写真に俺の姿が映ってた。ウォリーを探せ状態だけどw

俺が初めてRCサクセションをTVで見た時の映像。
これを小学生の時に見て、ロックの洗礼を受けたね。
こんな大人が居るんだ!って思ったのを覚えてるw
1981年「夜のヒットスタジオ/ロックン・ロール・ショー」

-なれのはて記事

Copyright© なれのはて , 2024 All Rights Reserved Powered by STINGER.