1.10.異物混入


2003年春、約1年半振りに怪獣モームスに異物混入が行われる。
1997年に寺田博士の手によって作り出された怪獣モームスは、毎年、体内に異物を混入される事
によって体を痺れさせ、時には嘔吐し、もがき苦しみながら徐々に怪獣として成長してきたのである。


1998年5月、まだ怪獣と呼ばれる前の幼かったモームスに寺田博士は1回目の異物混入を行った。
混入された異物は3つ。
モームスは愛する寺田博士にその命を奪われるかと恐怖に顔をゆがめ、泣きわめいた。
モームスは激しい嫌悪感をしめし、怒りに震えながらも、いつの間にかその異物を自分の体の一部
として吸収していき、怪獣として成長し始めたのである。
この時からモームスは混入怪獣と呼ばれることになる。


1999年、モームスに2度目の異物が混入される事になる。今度は一つだけである。
だが、前回とは明らかにパワーの違う金色に光り輝いているその異物は、モームスの体内に入ると
すぐにかつてない程の化学反応を起こし、モームスを一気にとてつもないバケモノへと変化させて行った。
この時点でモームスは生まれた当時の面影をほとんど残すことの無い恐ろしい化け物へと変化して
いったのである。
モームスは寺田博士の生み出したかわいい怪獣として、生まれた当時から一部の怪獣マニアの間で
絶大な支持を得ていた。
しかし、この金色の異物が混入された後のモームスは一部のマニアだけではなく、日本国中を
巻き込む人気怪獣へと進化していったのである。


かわいい怪獣だった頃からモームスを愛していた人達は、モームスがバケモノに変化した事に
拒絶する者も現れ、体内に入っていった金色の異物に対して激しく怒りをぶつける者も現れた。
今までにない強さと図太さを備え持ったその金色の異物でさえもしばらくすると
モームスの体内に溶け込み、モームス自身も金色に輝き始め、誰も手に負えないバケモノと
更に進化を遂げていったのである。


そして8ヶ月後、過去に例の無い4つという数の異物が同時に混入されることになる。
その中の2つは今までの異物よりも更に凶暴で神々しいエネルギーを持つ、無限の力を秘めた
異物であった。
すでにバケモノとして進化を遂げていたモームスの体内に入るやいなや、その2つの異物は
モームスの体内を縦横無尽に暴れまわりとてつもない化学反応を引き起こした。
残り2つの異物は、即効性のある異物ではなかったが徐々にモームスの体内に溶け込んでいき
モームスの成長に大きく影響を及ぼすことになる。


4つの異物を混入されたモームスはこの時点で最強と呼ばれるモンスターに成長していた。
TVをつければどの番組でもモームスを取り上げ、モームス専門の番組も放送が開始されるようになる。
今までモームスにさしたる興味を示さなかったちびっこ達もモームスの虜になっていた。
モームスは国民的な人気怪獣に成長したのである。
そしてモームスを生みだした寺田博士は、天才科学者としてその名を全世界に轟かせる事になる。
モームスに次ぐ怪獣として、桃色怪獣アヤヤー、焼肉怪獣ミキティなど次々と新しい怪獣を生み出し
毎年世間をあっと言わせ続ける事になる。


モームスにこれ以上の進化はないだろう。誰もがそう思っていた。
ある意味モームス自体が最強の異物と化した今、モームスに混入する異物などは何もない。
今まで1年以内には必ず異物を混入され続けていたモームスもしばらくの間は
何も混入されぬまま自らの力だけでゆっくりと成長を続けていくことになる。


しかし、更なる変化を求め、寺田博士は前回と同じく4つの異物を混入することにする。
バケモノと化したモームスに混入する異物などあるのか?
寺田博士が用意した4つの異物は前回、前々回の異物とは大きく異なり、ごく平凡な異物であった。
モームス自体が異物である今、その極普通の異物はモームスの体に刺激を与えることはできなかった。
大方の予想通りモームスはその4つの異物を混入されても今までのような大きな変化を遂げることは
なかった。
というよりは、その4つの異物は異物であって異物ではなかったのだ。
モームス自身が異物になってしまった今となっては。
今回の異物も1度目に混入した異物と同等かそれ以上の強さはあったハズである。
まだ幼かったモームスであれば、その異物でも変化を遂げたことはできたであろうが
最強モンスターと呼ばれるようになったモームスにこの程度の異物ではわずかな刺激を与えることしか
できなかったのである。
最早、モームスに刺激を与えられる異物混入は不可能なのか?


異物を混入され、その都度強さを増してきたモームスに陰りが見えはじめた。
厳密に言えば、モームス自体の力が衰えた訳ではない。
しかし、世間のモームスに対する期待は大きい。
次々と姿を変え大きく進化していく怪獣でないとならないのである。
徐々に世間の目もモームスから離れ始めてきた。
寺田博士の生みだした、アヤヤやミキティに目移りする者も増え始めている。
このままではモームスはちびっこ達だけの人気者として生涯を終えることになるかもしれない。
もう一度、世間を脅かすモンスターへ姿を変えないとならない。
モームスは進化を遂げるのを止めると同時にその命が途絶えてしまうのだ。


寺田博士は再度モームスに異物を混入することを決意する。
今度は自らが選んだ異物をネットで公開し、どの異物がモームスに効くか国民投票を開始したのだ。
モームス自身も投票番組に出演し刺激の強い異物の提供を訴えた。

「この前の異物は体にやさしすぎて刺激が足りなかった。
 もっと刺激の強いモノじゃないと俺の逝かれた体にはもうきかないよ。」


異物ジャンキーになったモームスにはありきたりの異物では効目が無い。
今のモームスには、4年前に混入されたあの金色の異物並に強力な物が必要なのである。
しかし、あの金色に輝いた異物に匹敵するような異物はそう簡単に見つかる訳がない。


異物探しが困難を極める中、大晦日に毎年恒例となっている紅白怪獣チャンピオン祭が行われた。
寺田博士は異物探しを一旦休止して、自ら生み出した怪獣達の晴れ舞台を観覧することに。
トップバッターは、今年生まれたばかりで一躍人気を集めているミキティ。
このミキティには隠された過去がある。ミキティは実は元々異物であったのだ。
2000年の春、4つの異物を混入した時、あえて混入をストップした異物だったのだ。
寺田博士はその異物を2年の歳月をかけて怪物へと成長させたのである。
元々は異物であるミキティの晴れ舞台。博士の胸に熱いものがこみ上げてくる。

「あんなに小さかった異物がこんなに立派になったなんて...。」

その時!博士の頭に一つのひらめきが!


「ミキティをモームスに混入する!!」


3年前に混入することをためらった異物をモームスに混入する。
今までの異物とは異なり、その異物はすでに怪物として進化を遂げている最中の異物。
それも寺田博士自らの手によって育てられた怪獣である。
誰もが予想しなかった展開。
怪物に怪物を混入する。
モームスのためにミキティを再び異物に戻すのだ。


寺田博士は自らミキティにその事を告げた。
ミキティの目からは大きな涙が零れ落ちる。

「やはり異物は異物なのね...。」


「いやそれは違うで!ミキティ、お前はもうただの異物なんかやない。 立派な焼肉怪獣や。
 ただ、俺は立派に怪獣として育ったミキティをモームスに混入してみたくなったんや。
 今のミキティなら、異物ジャンキーになったモームスをもう一度奮い立たせる事ができる。
 俺はそう信じてるんや!頼む、モームスに混入されてくれ!最強の異物になってくれ!」



「わかりました、博士。私もモームスに混入されるのは本望です。
 立派な異物として、モームスに混入されます。」




モームスにミキティ混入。
今だかつてない異物混入となるであろう。モームスがのた打ち回るほどの刺激があるかもしれない。
もしかしたら、モームスの体が拒絶反応を起こし共倒れになるかもしれない。
しかし、ここまで大きくなったモームスに混入する異物は最早ただの異物ではダメなのだ。
目には目を。怪物には怪物を。

2003年春。モームスに5度目の異物混入が行われる。
それは今までの異物とは違った強烈な刺激物となってモームスを成長させてくれるに違いない。

モームスが生き延びるには刺激の強い異物を混入し続けるしか道はないのだ。
それが混入怪獣モームスの宿命だから。