ボスの2008年を一気に振り返る


2008年はボスにとって、うちらファンにとって貴重な1年となりました。
夏以降は特に慌しくて、最早空白の2年間があった事すら信じられないくらい。
今年のボスのキーワードは「再生」。
2009年は今年とは違った形で色々な活躍を見せてくれると思うので、
今年の事は今年のうちに、最後に一度だけ振り返っておこうと思います。

 

 

 4月

一報が入ったのは4月6日(日)午前。
梨元携帯裏チャンネルにボスの単独インタビューが載ると情報が出た。
その知らせを受けたのがキャナコンに行く途中の電車の中っていうねw
ナイスガールだけにナイスタイミングみたいな。ちがうかぁ~w
一番驚かされたのはボスの写真に映る姿だね。人目を避けて2年間生活してたわけで、
精神的にも辛かっただろうし、顔がやつれたり人相変わってもおかしくないと思ってたけど、
その美貌は衰えるどころかパワーアップして帰ってきた。
あの表情を見た時に、まずは一安心できたもの。

翌日にはテレビ朝日「スーパーモーニング」で独占インタビュー映像が公開。
その放送直後にいきなりファンクラブOPENするという離れ技w
梨元氏の独占インタビューって点やインタビューの内容に関しては色々と思う事はあったけど、
話してる内容よりもボスの喋ってる声を聞けたっていうのが何より大きかったかな。
「ボスが動いてるでぇー!本当に生きてるんだ~!」みたいな、そこが一番だった気がする。

4月10日にはブログがスタート。
今まで何してるのかもわからない状態が延々と続いてたのに、
出てきた途端に日々タイムリーな話題がブログで読める新展開。
ボスの日々の動きが毎日確認できるとか最初は何だか不思議な気持ちだったな。
今では当たり前のように読んでるブログだけど、これがあるから常にボスを身近に
感じられてるってのはあるわけで、今ではうちらとボスの貴重なライフラインですね。

4月20日に復帰後初めてファンの前に姿を現した。保坂氏のネットラジオにゲリラ出演。
ブログで告知してからの出演だったので、きちんと読んで理解した人なら現場に行けた。
対インタビューアーとの会話は聞いてたけど、1人の芸能人でもありボスの理解者である
保坂氏との会話は貴重だったし、長時間に渡った濃い内容だったので、
うれしくて全文書き起こししたもの。過去最長に時間かかった書きお越しだったね(苦笑)

復帰はしたものの具体的な仕事の展開が見えなかった中、
4月24日に香港映画「カンフーシェフ」出演の話が出た。
撮影はとっくに終わってるのにまさか年内に見る事ができないとは思わなかったけどw

 

 

 5月

 

5月10日にボスの手元に映画の台本が届き、16日には香港へ出発。
出発前に成田空港にて正式な復帰会見をマスコミ相手に行った。
あぁそう言えば正式な会見ってやってなかったんだなぁって感想だったね。
こっちとしては復帰して1ヶ月以上経ってるわけで毎日ブログも読んでるし、
今更また会見かよ!みたいな気持ちはあったけど、正式に復帰するための禊としては良かった。
会見後のメディアの取り上げ方は大方好意的だったね。
よっちゃんやあややが番組や会見でボス復帰に対するコメントを出してくれたのもうれしかった。

 

香港到着して翌日からすぐに撮影開始。
5月18日のブログでボスが髪の毛を染めたので、僕もその日に金髪にしましたw
ブログでタイムリーな報告をしてくれたり、梨元氏が現地まで飛んで取材したり、
情報は逐一入って来た。帰国後のイベントで何度もこの撮影時のエピソードを聞いたけど、
本当に体当たりでぶつかって演技してきたようで、素晴らしい経験になったと思う。
復帰後すぐに日本のTVに出るのではなく、ボスの事を知らない人たちばかりの異国の地で
仕事したのっては良い判断だったよね。ボスが今年仕事して行く中で自信に繋がったのは
間違いないもの。

後々に繋がる話として、ボスは5月3日に中西圭三氏のライブを銀座ブロッサムに見に行ってる。
復帰する時に当然「歌手復帰」というのも視野に入れてただろうし、水面下ではゆっくりと
その準備は進んでいたのかな。

 

 

 6月

 

6月7日、映画撮影を終えたボスが約3週間ぶりに帰国。
前日に梨元サイトでその情報を知って、その時は迎えに行くって考えはなかったんだよね。
昼は秋葉行って夜は中野であややコン見る予定だったけど、
「成田に行かないって選択はやっぱないよな」って急遽思い立ち、
持ってたチケを連番相手に託して、そのまま成田に向かったんだよね。
空港着いてからボスが出てくるまでの間のドキドキ感は物凄かった。
今年のボス現場の中で一番ドキドキしたのはあの時だったね。
復帰してからの2ヶ月間、TVや新聞などでボスの姿は目にしてたけど、
実際に生で会うのは2年4ヶ月ぶり。一瞬だったけど夢のような時間だったな。うれしかった。

 

帰国直後に成田空港で行われたインタビューは出国前のインタビューと比べるとわかるけど、
ボスの表情にも余裕が出てきて、質問にも笑顔で答えることが多かった。
2年半ぶりに仕事をして、やっとスタートラインに立てたって意識が大きかったんだと思う。

帰国後にダウニーちゃんを飼い始めたのでしばらくボスのブログはダウニー一色って感じ。
6月後半になると「さんまのまんま」や「日本史サスペンス劇場」への出演情報が出てきて、
いよいよ日本のテレビへの本格復帰に向けて動き出してきた。

 

 

 7月

7月2日発売の「ザ・テレビジョン」にボスのインタビューが掲載された。
>いずれはまた歌も歌いたいなって。実は、念願だった作詞にも挑戦できそうなんですよ。
>自分の失敗から学べたことも多いので、それを踏まえて、いろんな悩みがある方に
>少しでも元気になってもらえるよう、たくさんのメッセージを伝えていけたらうれしいですね。

歌手活動再開や作詞に挑戦する事がオフィシャルな形でハッキリと名言されたのは
これが最初だったかな。中西氏とのやりとりもこの時にはすでに始まってたんだろうね。

翌日7月3日、ボスの復帰イベントが発表された。8月10日場所は大阪。
翌週にはチケット発売が開始されたけどキャパ300の会場が発売日に売り切れなかったのは
結構ショックだったよね。当時は東京じゃねぇーからだよ!とか言ってたけどw
俺はボスに関して盲目なのであまり周りが見えてない部分があって、この時にこれからは
色々と厳しい現実が待ってるぞって気持ちにさせられたな。

 

7月4日、ボスの本格的TV復帰第一弾「さんまのまんま」放送。
改めて冷静にこの番組を振り返ると大した話はしてないんだよねw
ダウニーちゃん連れてっちゃった事もあり番組の大半はダウニー話だし。
復帰一発目でボスがさんまと再会したって事実と、お約束のタバコ芸を披露した点、
これだけで十分ちゃ十分だったけどね。

7月後半になると各TV番組の収録の他に対談本出版のために対談やったりハワイ行ったり、
「加護ちゃんねる。」の収録が始まったりと日々忙しい状況がブログから伝わってきてた。
10日の復帰イベのリハとか全然してないよねぇーとか思いながら見てたねw

 

 

 8月

 

8月10日復帰イベント。
2006年2月の横浜アリーナ以来、2年半ぶりにボスの歌声が聞けた日。
そして、ボスと初めてまともに会話を交わした日。

「ピストルさんですよね?いつも日記見てます。」
この言葉でその後の亜依國更新にどれだけプレッシャーがかかってることかw

「浮気しないでくださいね♪」
この言葉によって僕がどれだけ純粋な男に戻ったことか←

あれから色々あったので1年くらい前だった気がするけどまだ半年も経ってないんだよね。
夢を見てるようなというか、映画のワンシーンを見てるような感じだった。
その後のイベントで味わう「楽しい!」って気持ちとは全然違ったよね。
2年半ずっと待ってやっと味わったからこその感情だったわけで、
もう一度これを体験してみたいか?と言われたらノーサンキューだけど、
あの空間あの感動を味わうために2年半待ってたんだと思ったら、
これはこれでありだったなって気持ちにさせられた。
こんな体験を生きてる間にできる人ってそうそう居ないわけだからね。
ある意味でファン冥利につきると思います。でももう勘弁ですw

 「ラブバスケットロール」

こんなのもありましたね。ボスがプロデュースしたロールケーキ。
発売日にでんでんと買いに行って、小洒落た喫茶店でジュース頼んでテラスのテーブルで
食べたのを覚えてます。店員のお姉さん見て見ぬふりしてくれて優しかったでいす。
これまだ予約注文できるようなので、お年玉でぜひご購入ください。

8月24日「LIVE~未成年白書~」発売。
ボスの2年間の苦悩や今後についての思いが赤裸々に語られた対談集。
この中で対談してた高校生の女の子は今インディーズアイドルとして頑張ってたりします。
発売当初はあえて触れなかったんだけど、この本にこんな一文があるんですよ。

>「たとえば、考え方が普通の人と違うようなコメントとか。
>私がダメになった時も「さすがボス」みたいな「やる時はやりますね~」みたいな(笑)。
>「受け入れてくれる人が居るんだな~」っていうのがありがたかった。」

これオレ!これオレ!w

直接会った時に「日記見てます。」って言われたときは、「うれしい!」って言うよりも、
ちょwwwやべ見られたwwwwwwみたいな気持ちの方が大きかったけど、
こうやって苦しい時に少しでも励みになれたってのがわかったのは素直にうれしかったな。
普通の人と違うこと書いて来て良かったなと思った瞬間でしたね(笑)。

 

8月30日大阪、31日東京で出版記念握手会が開催。
2日間でボスと5回握手。言いたい事はきちんと言える時間はあったのに、
言いたい事の半分も言えない結果だった。前日に渡した手紙を読んでくれてて、
「ピストルさんとは分かりあえると思います!」ってバッチリ言ってくれたのには震えたね。

6月後半から7月と慌しく撮影してた番組が8月になると怒涛の放映ラッシュ。
「ロンドンハーツ」「マルコポロリ」「日本史サスペンス劇場」「グータンヌーボ」「ラジかるッ」など。
民放局とかあまり出れないのかな?とか思ったこともあったけど、そんな心配をよそに
ガンガン出まくり。解雇から復帰したっていうネタ(武器)があるのでね、
使う方としては面白いから出そうぜ!って事だったんだと思うけど。
この時期の出演ラッシュだけで終わらずその後もコンスタントに番組には出てるので、
この時の出演でそれなりにインパクトを与えられたって事だろうし、使うことへのリスクより
メリットの方が多いと判断してる制作者が多いって事じゃないですか。前向きに捉えれば。
特に同じ番組や制作者に再び声をかけてもらえるってのはボスの頑張りの賜物ですよ。

 

 

 9月

復帰イベント、対談本出版、出版記念握手会と復帰一大イベントに一段落つけて、
ここからちょっと毛色の違う事にいくつか取り組み始める。

9月1日「加護ちゃんねる」の収録で富士の樹海へ。
イベントでも何度かこの撮影話をしてるけど、カメラマンと2人で夜の樹海に入って行くとか、
昔の俺だったら「ボスになんて仕事させてんねん!」って怒るとこだけどね。
今でもちょっとイラッとはしてるけど、「加護ちゃんねる。」に関してはボス本人がノリノリで
撮影してたらしいし、これをやった事によってボスなりに何か開けた部分があるようなので
良かったと思います。まあ今更いちいち細かい事に拘っててもしゃないしね。わろとけ精神で。

 イベント動画(25分)

9月15日新宿で「ストップ自殺イベント」のトークショーにボランティアで出演。
「ボランティアの活動をしたい。」ってことを口にする人は多いけど、
仕事しながらそれを実際に実行に移すのは容易いことではないわけで、
ボスは有言実行で動いてるのは流石ですね。
このイベントを皮切りに、骨髄バンクチャリティイベントやクリスマスの児童擁護施設への慰問と
短期間に複数のボランティア活動に参加してる。

「加護ちゃんねる。」のような一種キワモノ的な企画から、ボランティア活動まで。
この幅の広さが新生加護亜依の最大の魅力だし、この何でもありな部分を受け入れられるか
受け入れられないかが、これからも引き続きボスについて行けるか行けないかの分かれ目。
アイドルとしてのボスが好きだった人は謹慎×解雇のダブルコンボでほぼ絶滅したけど、
それでも残ってた人達の中でさえ、この何でもありモードに突入し始めて脱落した人もいる。

週刊誌からゴシップ雑誌までジャンル選ばず出まくる姿勢も同じで、
ボス側からあえて規制をせず、どんなものでもウエルカムな姿勢をこの辺りから続けてる。
7月に出た某雑誌の捏造記事によって、予定されてた雑誌の取材をすべて断ったらしいけど、
9月からはまた数々の雑誌に登場し始めた。中でもナックルズは読み応えがあったね。

 

 

 10月

 

10月4日からドラマ「トンスラ」がスタート。ボスは人気女子高生作家役で3話より出演。
「加護亜依リニューアル」のフレーズを引っさげてグーオク・リニューアルのCMにも出演。
早稲田祭への出演や「加護ちゃんねる」DVD発売記念イベントなど年内のイベントが
次々と発表される中、突如出てきたのが「パチプロ★パーティー」。
どげんかせんと行かん!ってことで告知されて3日後には宮崎まで飛んできましたw
小朝師匠との舞台の話とか貴重な話がいくつか聞けたり収穫大きかった。

 

10月13日東京でのComeback Event。
二部に渡ってボスの歌とトークがたっぷりと聞けた。
前回の大阪はマリードールヲタという不純物が混ざってたけど、
この時は混じりっ気ナシ100%ボス目当ての人だけの空間だったし、
司会者との相性もバッチリで2008年一番楽しかったイベントでしたね。
ボスが縦横無尽に暴れまわってた印象があります。楽しそうだったし楽しかった!

10月22日「岩井監督トークショー」にシークレットゲストとして出演。(その時のレポ)
ボスの今後を考えた時に個人的に一番高まったのがこのイベント。
どんな仕事でもどんな作品でもボスが関わったものは見るし参加するけど、
より高い次元で仕事をして欲しいって気持ちは本音としてあるわけです。
そういった意味では岩井監督との出会いってのは大きかったね。
このトークショーで初顔合わせした数日後に監督から食事に誘われてまた会ったらしいし、
いつか一緒に仕事をする機会があると思ってます。

そしてもう1人重要な人と関わってるのが判明したのもこの頃。
10月28日にボスが念願のレコーディングに突入。
プロデューサーで曲を手がけてるのが5月から接触していた中西圭三氏。
つーか、どうしてボスに関わる人達は髭生やしたおっさんばっかりなんだろうか?w
無意識におっさんを引きつけるボスのパワーは物凄いものがあるよね。
僕も惹きつけられてるけどナー!
昔だったら髭面おっさんとのツーショットとか見たらムキーとかしてたけど、
あのレジェンド超人とのパパラッチ写真見てからはどんなおっさんがボスの横に居ても
なんとも思わなくなりましたね。僕かなーり強くなったの。

 

 

 11月

11月3日『激愛ジャーナル(早稲田祭2008)』。
学生さんが主催のイベントで司会もJ太郎だったので内容自体はぐだぐだだったけど、
この日はボスの新曲初披露がメインイベントだったので満足。
ボス初のオリジナルソング『No hesitation(作曲:中西圭三 作詞:加護亜依)』
この名曲のリリースは来春です。ぜひ首を長くしてお待ちください。

 

3ヶ月に渡って定期放送されるネット番組「加護亜依のガールズLIVEトーク」が開始。
ほのぼのとした番組で安心して見れるので良い子にもオススメ。
来年春公開予定の映画「弁天通りの人々」の撮影も26日からスタート。
ブログを見てると良く分かるんだけど、ほとんど毎日のように何かしらの仕事してるんだよね。
ゴールデンのTV番組から、ネット番組まで幅広く、更に「加護ちゃんねる」PRのための取材も
精力的にこなしてた。そんな日々忙しく過ごしてるボスのとある秘密が明かされたのがこの頃。
4月から都内のインターナショナルスクールに通ってると。
イベント内でも「勉強したい!」みたいな発言はしてたけど、まさかすでに通ってるとは!
秋からは都内の自動車教習所にも通ってるし、仕事にプライベートに大忙し。
このパワーには恐れ入りますね。

更にこの忙しい間をぬって、3日間で10店舗という怒涛のスケジュールで
「パチプロ★パーティー北関東シリーズ」を敢行。(11/22~11/24)
3年前のハロプロパーティーをもじってパチプロパーティーと呼んでたこのツアー。
内容はまったく違えどボスと一緒に旅してるような感覚はあの当時を思い出したね。
当時はいつも同じメンバーで全国を一緒に廻ってたけど、あの頃のメンバーで
今も残ってるのは俺だけ。みんな消えた。相棒であるでんでんも今では生きる屍状態だしw
離れた人を責めるつもりは微塵もないですけどね。
今のボスを受け入れられない人が無理して着いてったって絶対に辛いのわかるから。

そんな中、この辺から復帰後のボスを一緒に応援する仲間が何人か出来てきた。
やっぱ俺は現場活動を第一に考えてるファンなので、現場を一緒に廻れる仲間が多いと
頼もしい。特に今はファンが減ってる状態なのでね、文句言って現場に来ない人より、
己の気持ちよりもボスの事を最優先に考えて現場に足を運んでくれる人が好きです。

謹慎中に知り合って一緒に復帰を喜んだ同志・ちゅうた君。
この人だけには俺も絶対勝てないと思う現場最強ヲタ・Tさん。
真野ちゃん好きなとこも俺とリンクしてるwサージャンさんと友人のタキオンさん。
娘。時代からずーっとボスのファンを続けてるボスより年下の女の子・AちゃんとMちゃん。
どんたくに一緒に参加した仲間の中で唯一生き残ったしなたか君。
「アトリエ加護亜依」のT&Mさんと友人のkakioさん。
「亜依WISH」のTakaさん、KOJIさん。
みなさん来年もよろしくお願いします!

W時代よりもボスファンの仲間は増えてるんだよね。
当時はライバル的な考えもあったし、あまり仲間を作らなかった。今は仲間意識だけしかない。
他にも名前は知らないけど現場で会えば挨拶する人や、喋りはしないけど良く見かける人とか
ぶっちゃけ少ない人数ながらも、今残ってるこの人達だけは、何があっても大丈夫っていう
安心感があるよね。加護亜依信者ですよ信者。
この信者は何があっても逃げないので、今後は新しくファンになる人達を作れるような動きを
もうちょっとして欲しいとは思うけどね。

 

 

 12月

 

現場としては「加護ちゃんねる発売イベント」と「クリスマスパーティー」があった。
最近レポ書いたばかりなのでこれに関しては省略で。

12月25日のクリスマスには鎌倉の児童養護施設で中西圭三氏、パパイヤ鈴木氏と
ボランティアでクリスマスライブに参加。
中西氏は精力的にボランティア活動を行ってるようで、
ボスにとっては単なる楽曲プロデューサーってだけではなくこういった部分でも
良い影響力を与えてくれる人なんでしょうね。今なら言える、中西さんで良かった!と。

ただ、中西氏のファンの人に聞いたら、「モーニング娘。の中では誰が好きですか?」
との質問に「加護ちゃん!」と以前答えたことがあるようですよ。
小朝しかり中西氏しかり、これって職権乱用ってこと?w

ざっと足早にボスの9ヶ月間を振り返りましたけど、
こうやって月ごとに振り返って思うのは2ヶ月先がまったく読めないね。
8月の時点で10月に岩井監督と知り合うとかまったく予想できないし、
9月の時点で11月にパチプロパーティーやるとか思わなかったし、
『2ヶ月先が読めない女・加護亜依』ですよ。
今だって1月までの予定しかわからないからね。
2月以降どうなるのか予測不能。

なんだかんだ毎月色々と話題を提供してくれるし、ついてってるこっちとしては
十分楽しませてもらえたなと思う。
ボスがハロプロ時代でもっとも現場活動が忙しかったのって2005年だと思うけど、
あの年にボスと現場で会ったのって56日もあったんですよ。
でも今年も成田空港から始まってクリスマスパーティーまで計17日間も会ってるからね。
ここまで生で会えるとは思わなかった。

元々は「加護ちゃんは神!」的な思考で、崇拝する対象としての思いが一番強かったけど、
復帰してからのボスを見て来て何度か会話を交わしたりしていくうちに、
今ではあの頃とはスタンスが変わってきてますね。
ボスはファンの事を「友達みたいなもの」って表現してて、俺としては友達って感覚まで
いかないけど、同志みたいな思いは強くある。彼女的な想いって今ほとんどないしね。
これからボスが進んで行く道がどんなに険しくても一緒に進んで行くし、
何かうちらの力が必要だとボスが思ってる時は全力でサポートするっていう。
「助けてあげる」って言うとちょっと上からな感じで嫌だけど、
何があっても俺たちはついて行くから好きにやってください!って気持ちが一番強い。

テリー伊藤が『太田総理』の中で「みんな正直言ってあのまま消えてくと思ってた。」って
言ってたけど、世の中はそんな意見ばかりだった。
過去にアイドルが喫煙して戻って来た例はないとか、そんな意見を良く聞いたり目にしてた。
あの時から俺は言ってるけど、ボスを語るのに過去に存在してた人間を例えに出すな!と。
ボスみたいな人は過去にも先にも絶対に現れないからって。
あの当時は「かわいい加護ちゃん」ってみんな思ってたから、
何言ったって信じてもらえなかったけど、今になってみんなやっと分かったでしょ。
ボスはやっぱボスだったって。普通の人が考えてる通りの事は絶対にしませんよ。

 

「タバコは今どのくらい吸ってるの?」って質問されて、

「前に吸ってた時は1mg吸ってたんですよ。でも今は6mgなんですよ。
だから本数は減ったんですよ。」

って、こんな答え方を真顔でする人が世の中に他に居まして?w
何本も吸うと周りがうるせぇーから、本数減らすためにタールの量増やしてんだよ!エライだろ!
って理屈ですよ!常人には理解不能なんですよ!それがTHIS IS 加護亜依なんですよ!w
ねっ!面白いでしょ?こんな面白い人、今の芸能界にそうそう居ませんよ。
良いこと悪いこと、カッコイイ事カッコ悪い事、すべてひっくるめて何でもやらかしてくれるのが
新生・加護亜依だと思ってますので、来年もハチャメチャな活躍期待してます。

年末は実家に戻ってゆっくり過ごしてるようで良かったですね。
今年の年末は何年ぶりかにハッピー気持ちで家族と過ごせるだろうし、
終わり良ければすべて良し!という感じで素晴らしい2008年だったなと。
ボスにとってもうちらにとってもね。

それではボス良いお年を!

(オマケ)
12月は先月取材してた「加護ちゃんねる」PRの記事がいくつかの雑誌や新聞に出てて、
夏から秋くらいのインタビューと違って、内面的な事を話したり興味深いものが
いくつかあったんだよね。
2009年の加護亜依を占う上でも面白い材料だと思うので、少しだけ書き起こしておきます。
あくまでボスが語ったことを記者のフィルター通してる「記事」ですからね。
話半分くらいに取るのが利口な判断ですw
100%信じられるのは自分の耳で聞いたことだけってのがボスに関する俺の自論です。

(12/24東スポより)
—アイドル時代とは全然違う?

最近、周囲からもよく「変わったね」って言われます。
実際、自分でも本当にその通りだと思っていますし。
全部が作り物だったというわけではないけど、
アイドルグループに在籍していたときにはかなり自分の本音を
抑えていたことも事実ですから。
一般のファンの方から見たらアイドルはあくまでアイドルなんでしょうけど、
心の中ではもっといろいろなことを考えているものなんです。
アイドル時代から仲間同士では結構ぶっちゃけていたんですけど、
人前では大人しくしていたんですよ。

—今の自分と昔の自分と、どっちが本物??

今の方が90%くらい本物の自分に近いですね。
あとの10%くらいは努力して前向きになっているというか、
設定に合わせて行動しているというか・・・そんな感じ、かな。

私、幼いころからこの世界でお仕事をさせていただいた結果、
イヤなことがあったとしても、その経験が役に立つかどうか、
先のことを計算するようになったんです。
以前の事務所を解雇されたことはショックでしたし、
もちろん自分が悪いことなんですけど、今の自分には
とっても役立っていますね。

(週刊大衆1/5・12号)
—加護ちゃんって、復帰後、ちょっと暗いイメージがあったけど、
素顔はめちゃくちゃ明るいね。

『加護ちゃんねる。」をはじめて、私自身、変わったと思うんです。
それまでは自分のいいたいことや、思っていることを、
ずっと閉じ込めていたというか、消していた。
それは、アイドルだから仕方のないことなんだけど、
今はそういう壁を作ることはやめて、悔いの無いようにしたいと思ってるんですね。

(スコラ2月号)
—今年で20歳になり、復帰もされたわけですけど、今の素直な心境は?
人との出会いは人生に繋がっているんだなって実感します。
生きている間に世界中の全員とは会えないのに、思いもよらない人とは出会うわけですよね。
それが繋がって、こういう仕事になったりする。
そういう出会いには感謝してます。

—今後、挑戦したいことは?
よく聞かれるんですけど、挑戦したいことってないんですよ。
でも、求められたものには挑戦したいですね。

—いいスタンスですね。
『加護ちゃんはあれができないから』と言われるのが嫌なんですよ。
まあ、何でもやっちゃうから限度が分からなくなっちゃうんですけど(苦笑)」

—環境や状況に合わせて、どんどん変化している感じですか?
知識や喋る言葉が増えるだけで、根本的には12才ぐらいから変わってないかも。
ブレまくりですけどね(笑)
だから20代は学ぶ時間にして、30歳からが勝負だって思ってます。
今年は新たな一歩が踏み出せた年になりましたけど、
復帰した時の気持ちを忘れずに、また違ったこともしながら、休憩しながら、
マイペースで・・・いや、マイ・ハイペースでいきたいと思います!